俺は
神など信じない






所詮、神も







人間の
一部なのだから――…












*** Atheist ***













無神論。

それは、神の特別な存在を認めず、世界はそれ自身によってあるとする説の事。

いわゆる、神の存在を否定すると言う意味を持つ。


俺は神を信じず、毎日を坦々と生きている。

たかが神に縋ったところで、良いことなんて何一つありゃしない。

只、自分を惨めに感じるだけだ。


なのに、
どうして皆、
神に縋ろうとするのだろう――…。







「………。」


ある日。
仁王は屋上で物思いに耽っていた。


…どうして皆は神を信じ、神を慕い、神を崇めるのか。

とても不思議で仕方がなかった。


「…くだらん。」


…俺は根っからの無神論者だ。
神ごと世の中を見下してきた。

だからこそ、余計に神を慕う者の存在が気に喰わなかった。

その中でも、
特にアイツのことが…。

「あんのバカ紳士…。」

…バカ紳士。
それは俺のクラスメートの柳生のことで。

アイツは「紳士」と言う肩書きを背負っているだけはあり、無論、大いに神を慕っている。

だからこそ、余計に気に喰わなかった。


…反面、俺とは正反対の性質を持つ柳生に、俺は妙に好奇心を掻き立てられた。


そして、その好奇心は徐々にエスカレートして行き、最後には柳生の事を全て知りたい。

アイツの思うこと全てを知りたい。

アイツは本当に神を信じているのか。
俺とは違うのか。


本当のことを、
全て知りたい…。


…そんなことまで思うようになっていた。


どうしてそこまで柳生にのめり込めるのか…。

…正直、自分でも良く分からない。

只、新たな感情が生まれようとしているのは確かだった。

それが何の感情なのかは、まだ分からないのだけれど…。







「………。」


ある休み時間。
俺はいつもの如く仮眠を取ろうと顔を伏せた。

そして、何気なく窓側の席に顔を向けてみた。


すると、いつもは居るはずの柳生がそこに居ないことに気がついた。


「なぁ、柳生何処行ったか知らね?」


俺はクラスメートの一人に柳生の居場所を訪ねてみた。


「あ?柳生?また図書室にでもいんじゃねぇの?」


…どうやら柳生は図書室にいるらしい。

俺はソイツに軽く礼を済ませ、そのまま図書室へと向かった。


…それにしても、「また」と言うことは、柳生はしゅっちゅう図書室を利用していると言うことなのだろうか。


全く持って真面目な奴だ…。

俺はそんな事を思いながら、ゆるりと図書室のドアを開け、中に入った。

すると、そこには聞いた通り、柳生の姿があった。


「おや?仁王くんではないですか。珍しいですね、貴方がこんなところに来るなんて…。」


柳生は俺に気づいたようで、何か調べ物ですか?と訪ねてきた。


「まぁ…。」


お前のことを少しばかり、な…。

内心、俺は微かに不快な笑みを浮かべた。


…人間とは、自ら沸き上がる欲望には勝てないらしく、その欲を何としても叶えようとする習性があるのだと、改めて実感した。

現に俺は、「好奇心」と言う欲を押し殺せないでいる。

人間とは、何て情けなく、惨めな生き物なのだろう…。





「………。」


それから俺は、本を探す振りをしながら、そっと柳生に近づいた。


…目と鼻の先に柳生がいる。

そう思うと、俺は手を伸ばさずにはいられなかった。


独特のコロンの香りにも後押しされ、俺はそのまま柳生を抱き締めた。


「え…?」


…一瞬、時が止まったかのように思えた。

私は少々戸惑ったが、いつもながらに平然を装い、坦々と仁王くんに問いかけた。


「どうしたんですか?いきなり。」


しかし、仁王くんから返ってきた答えは、あまりにも私の思考からは懸け離れたもので…。


「なぁ、柳生…お前は神を信じるか?」


…逆に質問をされてしまった。

全く持って不可解だ。
これでは会話にすらなっていない。

ましてや神などと言う、訳の分からない質問。

私は内心、首を傾げた。

「何を訳の分からないこ――…。」


私の言葉は途中で途切れた。

途切れたと言うよりは、途切れざるを得なかったのが、正しいのかもしれないけれど…。


私の目の前には整った仁王くんの顔があって、唇には微かに柔らかい感触がした。


「!!」


キスされた。

そう気づくのに、差ほど時間はかからなかった。

私の顔に熱が増していくのが分かる。


「………。」


それを見計らっていた仁王は、そのまま柳生を押し倒した。


「ちょっ…仁王くんっ、何をっ…!」

「いいから早く答えんしゃい。お前は神を信じるか否か…。」


何を訳の分からない。

私は良い答えが浮かばず、しばし黙り込んでいた。

すると、仁王くんは私の上着に手をかけ、一つ、また一つと器用にボタンを外していった。


「えっ…ちょっ、仁王くんっ!!」


私は必死で抵抗した。

しかし、歯止めの効かなくなった仁王くんには私の抵抗などまったく通用せず、そのままこみ上げる衝動に身を任せ、その手を着々と進めていった。


「答えろ、柳生…。」

「ぃ、嫌だっ…止めてくださいっ!!」


私は必死で叫んだ。


途端、俺はハッと我に返り、そっと柳生に眼を向けた。

すると、柳生の眼は怯えながら俺を見つめていて、身体は小さく震えてた。


「っ…。」


それを見た途端、俺はやるせない思いでいっぱいになった。


どうしてそんな眼で俺を見る。

どうしてそんなに俺を怖がる。


どうして、
そんなに俺をっ――…。


…突如、何か水滴のようなものが私の顔に落ちてきた。


「え…仁王、くん…?」

それは彼の涙で…。

私が目にした彼の姿は、涙をハラハラと流しながら、そっと私を見つめていた。


「っどう、して…俺の願…い、だけ…叶わない、んだっ…。」


俺が無神論者で、
神を信じていないから?

そんな差別、許されるわけされるわけないだろっ。


「俺、は…どうすりゃ、いんだよっ!」


無神論者の願いは…


「俺の、願いはっ――…!」












誰に、


届くの――…。












…激しく泣き叫ぶ仁王の頬を優しく伝う涙。

柳生はそれを、そっと指で拭き取った。


「仁王くん…先程、私に神を信じるかと質問されましたよね?」


仁王は再び、ゆるりと柳生に眼を向けた。


「お答えしましょう…。私は、神など信じていません。」

「!!」


俺は眼を丸くした。

この紳士が神を信じていないだと?

笑わせるな。


「紳士が神を信じてないわけないだろ。」


俺は、まるで信じられないと言ったような表情で、柳生を見た。

すると、そんな俺を見た柳生は、ゆっくりと身体を起こしながら俺に言った。


「詐欺師と紳士は紙一重なんですよ…?」

「は…?」


…詐欺師と紳士が紙一重?
何を根拠にそんなバカな事…。


詐欺師は人を騙す悪役人。
紳士は騙された人を癒す善役人。


…全く持って正反対じゃないか。


「詐欺師は、悪事がバレなければ詐欺師とは分かりません。…ですが、逆に紳士は、悪事を悪事とは気づかせないよう、人を騙すのですよ。」

「………。」


何処が紙一重だと言うのだろうか。

俺の頭にはハテナが浮かぶばかりだった。


「簡単に言うと、詐欺師もある一線を越えれば、紳士になれると言うわけです。」

「………。」


ああ、なるほど…。

その一線とは人の欺き加減で。

欺き加減が、高ければ高いほど、紳士へと近づくと言うわけか。

…と言うことは、詐欺師の俺は、まだまだ足りないと言うことになるのだろうか。


「下手をすれば、詐欺師より紳士の方が、質が悪いのかもしれませんね。」

「賛成意見多数。」

「…多数は余計です。」

俺達は二人で笑みを交わしあった。

結局、俺達は似た者同士だったってわけか…。


「でも、そしたら誰が俺達の願いを叶えるんだ?」


神を信じぬ者達の願いを…。


「それはお互いが叶え合えばいいじゃないですか。」

「え…?」


「どうせ貴方の願いは決まっているのでしょう?」


…ああ、そうだ。
決まってる。


「でしたら、貴方は私の願いを叶えてください。そのかわり、貴方の願いは私が叶えます。…貴方の願いは何ですか?」

「俺、は…。」












俺の、

願いは…












貴方を











手に入れたい
と言うことだけ――…。












Oh…God.

you don't need.

(おお、神よ。
貴方などいらない。)


There are pepole who don't believe in God.

Don't neglect.

(神を信じない者達もいる。
その事を忘れるな。)


(END)


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