11月のとある日曜日。俺はたまたま伊武の家に遊びに来ていた。
そこで俺達はいつもの如く喧嘩した。
原因は深二の頑固な性格と俺の我が儘な性格で…。


「なぁ深二。俺のことどう思ってる?」

「何?急に。」

「別に…只お前、いっつも何考えてるかわかんねぇからさ。」


違う。
そうじゃない。
そうじゃなくて、本当は
…お前からの一言が聞きたいだけ…。


「ふーん…。」

「まぁた流すしよぉー!ったく、こっちは真面目に聞いてんだぜっ!?」
「なら聞くけどさぁ…アキラだって前に俺が聞いたとき、何にも答えてくれなかったよね?自分だけ得しようなんてそんな虫のいい話、世の中そんなに甘くないよ?」

「ぅっ;」


鋭い。
さすが深二…。
俺が見込んだ男だけはあるぜι

まぁ何だかんだ言って何も言えなくなった俺は、これでは埒(らち)があかないと、深二の奴にいつかお互い心からの「愛してる」という言葉を言う、という約束をした。
しかしこの事がきっかけであんなことになろうとは、誰が予測しただろうか…。
予想だにしない出来事。それは今から三日後の水曜日に起きた。


その日、伊武はたまたま氷帝学園テニス部部長こと跡部景吾に会った。
最も会いたくないにっくき恋敵である跡部に…。
目線同士がぶつかり合い衝突し、激しい火花が散る。


「よぉ。不動峰の伊武じゃねぇか。偶然だなぁ…。テメェも買い物かなんかかよ?」

「別に…。第一、失礼も甚だしいよね。いきなり話しかけてくれちゃってさぁ。…まぁ偶然じゃなくて、噸(とん)だ失態ってことは確かだけどね。」

「ったく、相変わらず鼻にかかる奴だな。…まぁ軽く挨拶も済んだことだし、そろそろ俺様はお暇させてもらうぜ?あばよ。」


そして跡部は伊武に背を向けゆっくりと歩き出した。
しかし数歩歩みを進めた後、再び足を止め伊武の方に向き返った。


「おーっと…この俺様としたことが、大事なことを一つ言い忘れてたぜ。」

「…何?早くしてくんないかなぁ。こう見えても俺、暇じゃないんだけど。」

「まぁそう焦んじゃねぇよ。これはお前にとっても損な話じゃねぇと思うぜ?何せ、神尾のことなんだからなぁ…。」


神尾、と言う言葉に反応した伊武は素直に跡部の話に耳を傾けた。


「この前、神尾を家に誘ったんだよ。したら神尾の奴ノコノコ付いて来やがったんだぜ?あんだけ嫌がってたこの俺様の誘いをこうもアッサリとだ。」

「………!!」


伊武は正直かなりの衝撃を受けた。
あんだけ嫌で突き放していた相手の誘いに自ら乗るなんて…。
信じ難い事実だった。
しかし、そんな伊武を後目に、跡部は着々と伊武に追い打ちをかけていった。


「それで俺様の部屋で話してた時、神尾に聞いたんだよ。今日は泊まってけんだろ?ってな。したらアイツ、何て答えたと思う?やっと素直になりやがってよぉ。そのままOKサインだしやがった。…ククッ、笑っちまうだろ?」


笑えない。
伊武は内心こう思った。伊武は思わず跡部に掴みかかりそうになった。
しかし、何とか寸でで堪えることが出来た。


「…っ…!」


伊武はその場に居たたまれない思いでいっぱいになり、その場を立ち去ろうとした。
すると脇から跡部の止めの一言が、伊武の心に勢い良く襲い懸かった。


「神尾のやつ。もうお前を…愛していないぜ?」

一瞬、伊武の体内時計が力なく止まった。
一吹き、激しい風が二人を包み込む。
フッと振り返ったそこに、もう跡部の姿はなく、只数枚の花びらのみが残されていた。

その時の俺には跡部自身が風のように思えた。
それ以上に自分を不甲斐なく感じた。
跡部が風なら俺は陰。
風は未来を見せるけど陰は過去しか生み出さない。
この違いで俺は跡部との核の違いを思い知らされた。
だからアキラは俺ではなく跡部を…身近にいる陰ではなく高見の花である跡部を選んだのだと、俺は勝手に解釈した。

その後、俺は大通りに来ていた。
気を紛らわせにきたのではなく、只フラフラと途方に暮れ、悲しみに浸りにきたのだ。
しばらく歩いていると再び激しい風が吹いた。
その瞬間、俺の脳裏に跡部のあの一言がよぎった。


『神尾のやつ…もうお前を、愛していないぜ?』


「くっ…!」


俺は思わず頭を抱え込んだ。
頭が痛い。
痛くて痛くて堪らないっ。
これは頭の痛みだけ…?考えるだけで余計に頭が痛くなるっ。
こんな痛み、いらないっ!
そのまま俺は痛みに狂い、道の真ん中に飛び出した。
大きなクラクションが鳴り響く。
振動で微かに体が揺れる。

ああ…これでやっと楽になれる。
この痛みから、全てから解放される。
…ごめん、アキラ…あの約束、守ってやれなくて…。

その突如、何処からともなくアキラの声が聞こえた。


「深二――――っ!!」

その途端、何か爆発音に近い衝撃が辺りに散乱した。
周りにいた人々に…そして勿論、俺にもしっかと伝わった。
伊武は一瞬頭の中が真っ白になった。

たまたまそこを通りかかったアキラが、今にも引かれそうだった俺を庇った。

そう理解するのに酷く時間がかかった。


「キャァアアァァアァアッ!!」


しかし、周囲にいたある女の叫び声で辺りの沈黙が破られ、俺もハッと我に帰った。


「人がっ、人が引かれたぞっ!!」

「ぅ、嘘っ…ドラマか何かじゃないのっ?!」


ざわざわと騒ぎ立てる野次馬共の声をかき分けて、俺は横の方から聞こえた微かな声の方に顔を傾けた。
するとそこには何とも無惨なアキラの姿があった。


「深、二…。」

「あ、アキラっ?!」


俺は慌ててアキラの側に這い寄った。
するとアキラは何やら耳打ちしようとゆっくりと震える手で伊武に合図した。
俺は急いでアキラの口元に耳を寄せた。すると――…。





『あ』





『い』





『し』





『て』





『る』。





小さいけれどしっかと聞こえたその言葉。
その言葉は、お互いに言うと約束していた言葉で。
微かに呪文にも似たような、アッサリとした言葉で。
でも、妙に重たくて…。
それからアキラは最後の力を振り絞り、小さく微笑み「約束」と呟いた。そしてその後に、そっと息を引き取った。
呟いたと言ってもそれはあまりにも小さ過ぎて、俺には只の口パクにしか見えなかった…。

それを見た途端、伊武は目を丸くし固まった。
今にも死にそうな人間が、たかが他人とのくだらない、しかもきちんと守るかも分からない「口約束」を守るために自らの命を削り、そして滅びた。
自分なら決してやらないような失態だったのだ。だから伊武は驚いた。
驚きの反面、微かに切なさというものが心の片隅を横切った気がした。


「アキ、ラ…?アキ……っ、アキラぁ―――――っっ!!」


俺は思わず叫んだ。
目の前の大きすぎる現実を、どうしても受け入れたくなかった。


「何、これ…。神はどうしても俺に生きろって言うわけ?どうしても、俺に生きろってっ。肝心な命の源、アキラ…お前が居ないのに、どうやって…。お前が居ないのに、俺が生きてる意味なんてないじゃんっ!!」


…痛い、痛いっ。
凄く、痛いよ…っ。
さっきの頭痛なんかより、もっと…もっと、痛いっ。

あまりの痛さに涙が流れた。


「…苦しい。胸が苦しいよアキラっ……お願い、お願いだから…もう一度だけ、目を開けて――…。」


その後、伊武は血塗れな神尾を強く、強く抱きしめた。
すると、あちらこちらに蝶が舞った。
赤い赤い、蝶々が…。
それはまるで昔見た、真っ赤な真っ赤な夕暮れの、深くて暗い海だった――…。


「愛してるよ、アキラ…世界で一番、お前が大好き。だから…」


貴方しか要らない。
他には何も要らない。
そう思えば思うほど、それはもう気が狂いそうなほど、悲しくなるのです――…。


「戻ってきてっ……アキラ…っ。」


そしてこの日は、伊武にとって、永遠に忘れられない誕生日となった…。
(END)

【お買い物なら楽天市場!】 【話題の商品がなんでも揃う!】 【無料掲示板&ブログ】 【レンタルサーバー】
【AT-LINK 専用サーバ・サービス】 【ディックの30日間無利息キャッシング】 【1日5分の英会話】