今は春真っ直中。
桜も満開。
絶好の花見日よりだ。
でも、その清々しい春は、卒業の季節でもあって…。
俺は跡部景吾。
今、丁度その卒業とやらを迎えようとしている中学三年生だ。
卒業式を残り三日と控えている。


その昼。
俺は。もう最後だからとばかりに、よく頻繁に出入りしていた屋上に来ていた。
そして策に手をかけ、フッと下を見下ろした。

まぁ、何と言っても俺様は、この屋上の見下し加減がたまらなく好きだ。生徒が全員、下僕に見えて来やがる…。

そして俺は暫く下の奴等を見回していた。
すると妙に気にかかる奴を発見した。


「アーン…?アイツぁ…。」


同じクラスだった気がしないでもないが、何故か名前が出てこない。
この俺様としたことが噸だ失態だぜ。
学園生徒全員の名前と顔は覚えたつもりだったが…。

何故か妙に気にかかるソイツは特に目立つわけでもなし、飛びきり美形っつーわけでもねぇ何処にでもいそうな一般庶民だった。
そんな奴が気にかかるだと?馬っ鹿馬鹿しい…。

「はっ、やってらんねぇーぜ。」


そして俺は屋上を後にした。
後にコイツが、俺様とあんなことになろうとはな…誰が予想出来っかよ。

それから俺は校庭へと出た。
そこは質素な屋上に比べて妙に華やかだった。
桜のせいだろうか?
すると案の定、脇に例の男子が立っていた。

しかし、何故だろう…。違和感が、ない…?

俺は不覚にも奴に見とれちまった。
何処か妙に美しいと感じてしまって…。
気がついたら俺はソイツに話しかけていた。


「おいっ。お前、見慣れない顔だな?何処のどいつだ?」

「え…?俺?」

「そうだ。お前以外に誰がいるっつんだよ?」


そう俺が言うとコイツは、周りをキョロキョロし始め、何かに納得したように焦点を俺に合わせた。

「あー確かに誰もいない…。」

「は…?」


わざわざコイツはそんなこと確認してたのかよ。変な奴だな…。


「お前わざわざそんなん確認してたのかよ?」

「え?うん、まぁ…。」
「フハハハハハッ!こりゃあ傑作だっ。なかなか面白ぇ奴じゃねーの、アーンっ?」


俺は思わず笑っちまった。
こんな奴、生まれて始めてだ。


「お前、気に入ったぜ?」


俺は心底そう思った。
コイツとなら上手くやってけそうだ、と。


それからの2日間。
俺はまるでガキみたいにハシャいだ。
アイツといる時間だけが物凄く早く過ぎていくような感覚に呑まれた。


そしてアッと言う間に二日が過ぎて、俺は静かに卒業式を迎えた。
俺は…つっても、今は俺「達」だけどな。

よく考えてみれば俺とコイツは今日で離れ離れになるんだな。
何か、短かったな…。


そして卒業式は着々と進んで行った。
その時間は俺に酷く虚しさを覚えさせた。


卒業式終了後、俺は二日前にアイツと約束した場所へと向かった。
アイツと初めて出会った場所へ…。

するとそこにアイツの姿はなく、只一匹の猫の死骸が無惨にも横たわっていた。


「…猫?」


その時、俺の中を妙な風がよぎった。
その猫は何処かで見たことがあった。
何処か、とても身近な…。


そう、それは昔の俺の飼い猫だった。


俺はこの黒く綺麗な毛並みに一目惚れし、即コイツを購入したのだ。

それはまるでアイツに出会った、あの時のような感覚にそっくりで…。

でもコイツは俺の家から逃げ出した。
今考えれば俺の態度に嫌気がさしたのかもしれねぇな…。


この猫がアイツだったのか。


そう気づくのに差ほど時間は用いなかった。

俺は突然胸が苦しくなった。

もう、あの楽しかったあの日々には戻れない。
そう思うと酷く目頭が熱くなった。


「っ…ごめん、な…。気付いてやれなくて。ホントに、ごめんなっ…。」

俺は思わずその遺体を抱きしめた。
強く、しかし壊れないよう優しく…そして、愛おしく…。

端から見れば俺は変な奴だ。
俺様の印象も台無しだろう。
でも、抱きしめずには居られなかった。
抱きしめなければ、俺は――…。


抱きしめた途端、桜が舞い散った。
俺達を包み込むように。そしてコイツの魂を、あの世へと誘った…。


それから俺は遺体を桜の木の下へと埋めた。
その時、俺には微かに盛り上がったそこの土だけが、何故か特別に見えた。


「今まで楽しかったぜ。」


今でも君の顔が浮かぶよ。
こんなにも鮮明に…。

でも君は居ないよ。
それでも楽しかった君との思い出は、きちんと心に残ったから…。

寂しくないなんて言ったら嘘になるけど…けど、楽しかったから…。
今は只――…。






『ありがとな…。』






…貴方に感謝を…。

(END)


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