寒々しき雪降る冬。
幸村は病院のベッドで一人、病に伏せていた。

そしてある夜。


「暑いな…。」


今は冬だと言うのに妙に暑苦しく、寝付けないでいた幸村は、外の風に当たろうと表へ足を運んだ。


暫く歩いていると、ベンチに腰掛けている見知らぬ男の子が目に入った。


「…?こんな真夜中にどうしたんだい?」

「………。」


幸村はフッと彼に声をかけてみた。
しかし当の彼はと言うと、何も言わずに只々遠くを見据えているばかりだった。
それを見た幸村は不思議そうに彼を眺めていた。

…改めてよく見てみると彼の肌は酷く白く、まるで雪のようだった。


「………。」


年は同じくらいだろうか…。
髪まで白い彼は、一気に俺を魅了させた。

彼のことをもっと知りたい。

そんなことさえ思わせてしまう程に…。


それから俺は週に一度、夜な夜な散歩をするようになった。
理由は勿論、彼に会うため。

そして、その回数は日に日に多くなり、遂には二日に一度と言う大幅たる回数となっていた。

しかしその間、彼は一言も喋ろうとはしなかった。
只々俺の話に耳を傾けているだけで…。


いや、もしかしたら耳を傾けてもくれていないだろうか…。


それでも俺は話し続けた。
彼が聞いていてもいなくても。
彼は声が出ない病を抱えているのだと勝手に理由を固持付けて…。


理由は分からないが、俺は彼の側に居られることが凄く嬉しかった。
ずっと側に居たいと思った。
ずっとこうして、話して居たいと…。

出来れば、彼にも――…。


それから数ヶ月が経過したある夜。
いつもの如く俺は彼の元へ出向いていた。

いつもの如く一人で話して、一人で笑って…。

結局は…一人で泣いた。
すると彼は少し焦った表情をこちらに向けてくれて…。
それが凄く嬉しくて、余計に涙がこみ上げた。


「すまな、いっ…大丈夫だから…。」


すると彼は、今まで重く閉じていた口を、そっと開いてくれた。


「ごめん…泣かせるつもりで黙ってた訳じゃないんだ。」


初めて聞いた彼の声。

妙に特別に感じた。

重いけど、アッサリとした彼の声。
酷く聞きやすかった…。


「やっと聞けたよ君の声。ずっと聞きたいと思ってた…。」


すると彼は少し頬を赤らめた。

初めて見た彼の意外な一面…。
俺はもっと嬉しくなった。
思わず笑みが零れる。

…少し、本当に少しだけれど…彼のことを分かれた、そんな気がした。


それから彼は、照れくさそうに頭を掻きながら、俺に一つ望みを言った。

「これから毎日、会いに来てくれないかな?」


彼が初めて願った願い。勿論答えは――…。


「ああ…いいとも。」




それから俺は毎晩そこへと向かった。
毎晩毎晩、沢山話して沢山笑った。
こんな毎日がずっと続くと思ってた…なのに、別れは突然やってきた…。


それからまた暫く日にちがたち、俺は退院することになった。

普通なら嬉しいはずなのだろう…。
でも俺の心は酷く暗く、全体が闇に満ちていた。
何せ…今日で俺と彼とは、離れ離れにならなければならないのだから…。


退院を明日に控えた俺は、いつものように彼の元へと向かった。

足取りは重く、身体は、思いとは裏腹に拒否反応を起こしている。

いつもならば早く彼に会いたいと思うのに、今日だけは会いたくないと思ってる。


彼の悲しむ顔なんか見たくない…。
出来ればこのまま明日へと逃げてしまいたかった。

でも、それは出来なくて。
どうしても最後だから彼にきちんと言いたくて。
きちんと別れを、言いたくて…。



そうしてる間に彼の元へ着いてしまった。
すると彼はいつものように明るく笑って迎えてくれて…。

…少し、胸が痛んだ。

でも俺は何食わぬ顔で彼の横に腰掛けた。

いつものように振る舞っていればいい。
いつものように笑って話して…その間に切り出せばいい。

いつものように…いつものように…。

そう思えば思うほど、余計に胸が苦しくなった。

「…平気?どこか痛い?」


それが顔に出ていたのだろうか。
彼は心配そうに俺を見つめていた。

そろそろ限界だな…。

そう思った俺は、彼に別れを告げる覚悟を決めた。


「今日…君に言わなければならないことがあるんだ。」

「…?何?改まって。」
「実は、俺――…。









…明日、退院しなくてはならないんだ…。」









…別れを告げられた彼の顔は、酷く歪んでいて、俺の胸を存分に締め付けた。


「何で…そんな急にっ。」

「本当にすまない…今日決まったことなんだ。」
「そんなっ…。行かないでくれよ、なぁっ…行くなよっ!」


しかし幸村は何も言わなかった。
何も言わず、只々首を横に振るだけだった。


しばしの沈黙が二人に重くのし掛かる。


そして、意外なことに、初めに沈黙を破った主は幸村ではなく、彼の方だった。


「なら…最後に一つ、お願いしてもいいかな?」

「…?何だい?」


「最後に、一度だけ…。一度だけでいいから…アンタを抱きしめさせてくれないか?」


何とか諦めがついたらしき彼は、これが最後ならばと一度きりの抱擁を望んだ。
それを幸村は何の躊躇いもなしに受け入れた。


そっと二人の体温が交差する。


すると、空から何とも言えない雪が降り注いできた。











『ありがとう…愛してた。』











そして彼は儚く微笑み、そっと、俺の腕から姿を消した。

その時、風と共に雪が舞った。
視界は遮られ、それはまるで、何か白い壁に囲まれているかのように感じた。




そして数日がたったある日。
俺は自宅の庭で、ある絵を書いていた。


「…よし、出来た。」


その絵は、病院で出会った彼の絵で…。

後に聞いた話、彼はあの病院で亡くなった患者の一人らしい。

彼が亡くなった日は、俺が彼と出会った時によく似ていて、妙に蒸し暑い日だったそうだ。
そのためか、彼は時たまこう言った熱い熱帯夜に現れるのだと言う…。

しかし、今ではもう彼は姿を見せなくなったらしい。

その話は妙に、あの夜のことをしんみりと思い出させる。


彼と会った、最後の夜を…。


今、もう彼は居ない。
でもこの絵が残ってる。君の存在がこの絵の中に生きている。

俺は忘れない。
この絵がある限り、決して…忘れることはないだろう…。

これが俺と彼との、愛しき悲しい冬物語――…。

(END)



←BACK

【お買い物なら楽天市場!】 【話題の商品がなんでも揃う!】 【無料掲示板&ブログ】 【レンタルサーバー】
【AT-LINK 専用サーバ・サービス】 【ディックの30日間無利息キャッシング】 【1日5分の英会話】