真夏の熱帯夜。
千石は見知らぬ男の子に出会った。
「………。」
風が吹き、彼の柔らかい髪が靡いた…その瞬間、千石は思わず彼に見とれてしまった。
しかし風で舞った木の葉の音でハッと我に返り、彼に声をかけた。
「…ねぇ君、こんな時間にこんなとこで何してんの?」
「Σ…!!」
彼は千石が声をかけた途端、風と共に暗闇へと消えてしまった。
これが千石の初恋だった。
それから千石は毎日その場所を訪れるようになった。
最初はぎこちなかったものの、だんだんとお互いに言葉を交わすようになっていった。
今では一番の大親友だ。千石にとって彼との二人だけの時間は、掛け替えのない大切なものだった。
そして、夏も終わりに近づいたある日、千石はいつものように彼の元へと向かった。
するとやはりそこに彼は居た。
しかし、いつもとは違う何か妙な予感が、千石の体の中を駆け抜けた。
「やっ!また来たよっ。」
「………。」
「…?どうしたの?黙りこくっちゃって。」
千石の言葉に彼は真実な面持ちで語り始めた。
「実は、俺…もう直ぐ行かなくちゃならないんだ。」
「え…?行くって何処へ?」
俺は訪ねた。
当たり前の事だと思う。でも彼は答えなかった。何も言わずに只笑うばかり。
その笑いもなんだか苦しそうで…。
少し、胸が痛んだ。
でも怪訝そうにしてる俺を見て、彼はゆっくりと話を続けてくれた。
「俺…実は夏の精なんだ。だから夏が終わりに近づいたら、ここから立ち去らなきゃいけない…。」
「え?それっ…て…。君が消えちゃうって…こと…?」
俺の質問に彼は躊躇いがちに頷いた。
「何、で…。そんなっ、やっと仲良くなれたのにっ!」
「ごめん…本当に、ごめん…っ。」
俺は無意識に彼の肩を掴んだ。
そしてハッとした。
彼の肩が、小刻みに震えていたから…。
…そうだ…辛いのは、俺だけじゃない。
俺は思わず顔を背けた。それはまるで、今いる現実から逃れるかのように…。
しばらく沈黙が続いた。しかし何かを察知したかのように、彼は俺に呟いた。
「そろそろ、時間が来たみたいだ…。」
その言葉に、千石は思わず彼の方に顔を向けた。
「えっ、ちょっ待っ――…!」
その瞬間、強い風が吹き、千石は思わず目を閉じてしまった。
その時、聞こえた小さな声。
『ありがとう…。』
それはたった一瞬の出来事だった。
風が止み、千石は急いで目を開いた。
しかしそこにもう、彼の姿はなかった。
残像さえもなく、只静かな風がそよそよと吹いているだけだった。
それから数年後。
君が消えたあの日から、どれだけの時がたったのだろうか。
今でも君を想えば涙が出るし、後悔も押し寄せる。
そして、その度に思う。
「初恋だったのになぁ…。」
恋をしただけ。
それだけのことが凄く嬉しくて。
それでいて妙に虚しかった。
それはきっと今ここに君が居ないからで…。
分かってる。
分かってはいるのだけれど、いくら後悔しても、もう君は帰ってこない。俺の側へは戻ってこない。
この事が分かっている今も、妙に悲しかったりする。
名前さえも知らなかった君。
けど今願いが叶うなら――…。
「もう一度…逢いたいなぁ…。」
今日も俺は、叶わない願いを抱き抱えながら…再び、熱い夏を待っている。
(END)